佐藤一斎の教え

HOP  : 童門冬二著 小説「佐藤一斎」を読み終わる。

      門弟三千人 幕末維新の英傑を育てた人。

      斉藤一斎言志四録は42〜52才までに書かれ言志後録は57〜66才

      の時、言志晩録は67才〜78才の間に、そして最後に言志耋録は80

      才の時に書き始め、88才で亡くなった。

      徳川幕府は当時の学問を朱子学を国学とした。佐藤一斎は林述斎

      の後をつぎ東京大学の前身、昌平坂学問所のトップとなって朱子

      学を修めたが、当時異学といわれた陽明学にも通じていたとの事。


STEP  : 私は10数年前『佐藤一斎の「重職心得箇条」を読む』安岡正篤

      著を読んだのが佐藤一斎との出会いだった。

      平成8年10月13日に友人の企業の周年行事のお返し品として言志

      四録(講談社)」をいただいた。「重職心得箇条」は読みやすい本だ

      ったので人にすすめたが、言志四録」は900数ページもある本なの

      で当時の私の力量からして重荷だったので、本立ての飾りとして立

      っていた。今年に入っ言志四録リーダーの要諦CDが新聞に掲載さ

      れていたのいで、早速買って聴いてみた。ウォーキング中も何度も

      聞いて面白くなったところで、丁度岬龍一郎(編訳)言志四録」が

      本店の店頭に並んでいたので、購入し併せて読んだ。幕末の英傑

      3,000人を育てた人だけにすばらし人物だったようである。

      二度遠島にあった西郷隆盛も、こ言志四録を101条にまとめて、

      極刑でくじけそうになる自らをこの本で励まし、出獄してから幕府

      から天皇への実権を取り戻す大偉業の立役者となったのである。


JUMP  : 私は斉藤一斎の言志四録」にふれたのは10数年前であるが、

      その精神は吉田松陰先生や西郷隆盛や伊能忠敬等々に引き継がれ

      ている。大学時代法学部に在籍していたが、その方面のことは遠ざ

      けて、維新の勉強に没頭していた。自然と佐藤一斎の言志四録」的

      な考え方は各々の人物の中から得ていたと思う。このことは私の人

      生観において大きな柱になっていると思う。

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